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2006年7月20日 (木)

「待ってました!」の美学

突如、観測衛星にキャッチされる宇宙からの訪問者「ガラダマ」。東京を始め、各地に飛来したガラダマは、蒸気を撒き散らしながら「その時」を待つ・・・
やがて訪れた「チェックメイト」の瞬間。ガラダマの表面に入る細かい亀裂は、平和な日常生活の崩壊を意味するのか。
突然の轟音と共に飛び散る破片。視界をふさぐ猛烈な蒸気の中に佇む巨大な影!


いいですねえ。やっぱり、怪獣の登場シーンはワクワク感が頂点に達する所。
まさに怪獣が観客に、視聴者に最初の「大見得」を切るシーンです。
私は怪獣映画で、怪獣が初登場するシーンが最初の見せ場、名場面と思ってしまうタイプなんです。「登場シーンが見事な怪獣は、はずれがない」なんてジンクスがあるんですよね。登場シーンだけで観客を虜にできる怪獣は本物、みたいな考えがあって。
何度観ても「待ってました!」と声をかけたくなる、お気に入りの名場面って、皆さんもありますよね。今日は、私がお気に入りの「待ってました」シーンをいくつか挙げてみましょう。

Photo_37 前述のシーンは「ウルトラQ」第16話「ガラモンの逆襲」に登場するガラモン登場の様子。
なぜ第13話「ガラダマ」じゃないのか、と言うと、この東京飛来のガラモンの「タメ」の芝居が見事だからです。
ガラモンって、ガラダマが割れた直後体を揺すって殻を払い落とすんですが、その後しばらく「タメ」があって、その後おもむろに目を開けますよね。
あの「タメ」がいい。
普通、怪獣ってあんな「タメ」は作らないでしょ。おそらく「遊星人Q(セミ人間)の電波が通じて「起動」するまでのタイムラグなんでしょうが、すぐには破壊を始めないインターバルの恐ろしさがあの「タメ」にはあると思うんです。去年公開されたスピルバーグの「宇宙戦争」でも、トライポッドの起動時、「タメ」の演出がありましたね。

第5話「ペギラが来た!」のペギラも、いい芝居をしてますよね。
極寒の地南極へ向かった万城目一行。現地で只一匹生き残った犬だけが感知する、ペギラの襲来。危険を察知してさかんに吠える「三郎」の恐ろしさ。
不審がる万城目たちの「後ろの山陰」から、吹雪とともに現れる巨大な光る目!
迫る巨体の足音も、吹雪の音に消されてわからない。その事が恐怖感を増大させます。
「自分なりの「ゴジラ」を撮りたい」と取り組んだ、野長瀬三摩地監督の面目躍如。
怪獣登場シーンのスタンダードにしてベストワークですねー。

東宝怪獣での筆頭はやはり「フランケンシュタイン対地底怪獣」(1965年)のバラゴンでしょう。この映画では、まず巨人フランケンシュタインの驚異が描かれ、ついで秋田油田を襲うバラゴン、というストーリー展開がされています。
夜の油田破壊の時には、バラゴンは全身を見せず、発光する角を少し見せるだけ。この「ストーリーの引き」が良いんですよ。
少しずつ驚異を小出しにしていく。この演出が、後の「白根ヒュッテ」でのバラゴン出現に繋がっていく。土屋嘉男語るところの「明滅する光線」の恐怖!

フランケンシュタインの仕業と誤解されるのもいいですよね。
「フランケンシュタインには発光能力は無い筈」なんて混乱が劇中で起こる事が、ストーリーにリアリティーを与えています。
この「リアリティー」が、怪獣という絵空事を観客に信じ込ませる手腕なんですよね。

その「リアリティー」を、迫力でねじ伏せてしまったのが
「三大怪獣地球最大の決戦」(1964年)に登場する、そう、「宇宙超怪獣」キングギドラ!よく考えたらギドラって、隕石で地球にやって来るわ、炎から実体化するわ、リアリティーのかけらもない怪獣ですよね。でも凄い。
あれはやっぱり見事な造形、卓越した操演、今まで見たこともなかった引力光線の破壊の様子などで、「宇宙にはこういう生物もいるんだ」と観客に強引に納得させてしまう説得力の勝利でしょうね。「見ろ!なにか形になっていくぞ!」という小泉博の名演技も手伝って、あのギドラ初登場のシーンは私のまぶたにしっかりと焼きついたのでした。

あれだけのインパクトを持ちながら、単体での主演作品に恵まれないキングギドラ。
昔友人と、「宇宙超怪獣キングギドラ」という作品を夢想して、悦に入っていたものです。
これは凄いストーリーですよ。また機会があればお話しましょう。

Photo_38 さてここまで来て、「奴」に触れていないとご不満の貴方。お待たせしました。
実は「奴」の登場シーンで一番のお気に入りは「モスラ対ゴジラ」(1964年)なんです。
昔から私は、ゴジラが毎回海からしか現れないのが不思議で仕方がありませんでした。
あの設定(慣例?)が、ゴジラの自由度をかなり奪っていたと、いまだに私は思います。
ゴジラが始めてモスラと合いまみえた本作は、前作でキングコングと海中に没した後である為に、その登場シーンは自由度を増したという事なのでしょうか。台風で破壊された干拓地で見つかる謎の物体。そこから発散される放射能に不吉な予感が走った後、巨大タマゴの出現、モスラと小美人の登場がテンポ良く描かれます。

そして満を持しての「主役」の登場。ここでも「タメ」の演出が光っていました。
干拓地の真ん中で「何か」が動いたと知らせる星由里子。
不気味な胎動を見せる干拓地の中心地。
不審がる宝田明の隣に立つ小泉博の、ガイガーカウンターが示す大きな反応。
人々が見守る中、突如干拓地の端(この位置も絶妙)から吹き上がる蒸気!

この場面での、蒸気が止まってからの「タメ」が、他のゴジラ映画と一線を画す所なのです。静寂の後、地面を割って轟然と立ち上がる巨大な「尾」!
この「尾」というのがいいんですよ。余裕というか、「尾」だけでわからせる主役の風格と言うか。その後の、ちょっと前傾姿勢の「モスゴジ」登場のすばらしさにはもう、異論を唱える方は居ないでしょう。
ゴジラ映画全作を通しても、私の中ではこの「モスゴジ」を超える登場場面にはいまだに出会えません。でもきっとこれも、100人居たら100通りの意見があるんだろーなー(笑)。

怪獣映画というのは不思議なもので、映画人の創造意欲の結晶のような所がありますよね。だからどういう観点から見ても語れてしまう。
当然の事ながら、主役登場という晴れ舞台に「美学」は付き物です。
「待ってました」と声をかけたくなる名登場シーンに、これからも出会いたいものですね。

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コメント

わかります。わかります。その気持ち!観客は正体がわかっているのに、劇中ではわかっていないワクワク感。ひっぱってひっぱって、それでもなお、ちびっとしか姿を現さないもどかしさ。
ガラモンのタイムラグには笑ってしまいました。あの土煙も、計算されつくしたかのような、緊張感をもたらしますよね。
土の中から出る怪獣は、子どもの頃遊びやすかったです。人形を砂場に埋めて、そろりそろりと持ち上げ、ひびわれのリアルさを楽しんでいました(笑)

コメントありがとうございます。毎回深夜にご覧頂いて恐縮です。
「タメ」については、次にどう動くかわからない、人間とは異質な存在の怖さがあって、ああいう演出を発想した「Q」スタッフに今更ながら驚いてしまいます。
劇中の登場人物と観客の間で、怪獣の情報認識に差がある緊張感は、これこそ怪獣映画、という醍醐味ですよねー。
あの演出があるだけで、映画の密度がぐっと増すような気がします。
「あーそうじゃないのに」という快感ともどかしさを観客に与えながら、きっと監督は重々しくうなづいているんでしょうね(笑)。

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» フランケンシュタイン対地底怪獣(バラゴン) ( 1965 / 日本 ) [くんだらの部屋]
怪獣ものと侮ってはいけません。とにかくシナリオが最高! 内容は SF・ミステリーで、とにかくよく書けてる。 東宝特撮作品の中でも評価が高く ファンも多い作品だそうですが、なるほど見れば納得させられます。 一見の価値ありですね ! ... [続きを読む]

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