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2006年7月24日 (月)

闇のアーモンド・アイ

小雨の中、小走りで駆け込んだ、バザール開催中のパルコ。
久しぶりに歩く店内で視界に飛び込んできたのは、「ノスタルジック・ヒーローズ」製、ハヤタ隊員のソフビでした。
「あー久しぶりに見た」と思って手に取ったが最後、お財布を出すまでに時間はかからず・・・
まあ、半額以下でしたから。

Photo_47 この「ハヤタ隊員」、ノスタルジック・ヒーローズ製らしく、「変身途中」というちょっと変わったモデル。」塗装が薄いのは、光に包まれている所をイメージしたカラーリングのようですね。しっかりとミニハヤタさんもカップリングしてあるあたりが気の利くところ。

「ウルトラマン」。もはや説明するまでもない、国産スーパーヒーローの代名詞です。このソフビにイメージされるように、「光」と共に変身するウルトラマンですが、その正体は、「M78星雲の宇宙人」なので、人間とは実に異質な部分が強調されています。
怪獣や侵略者と戦う姿はもう、「人間に味方するヒーロー」というよりは、「超常生命体同士の超能力戦」という趣が強いですよね。

朝日ソノラマのファンタスティックコレクション「ウルトラマン フィルムストーリー・ブック」には、ウルトラマンについてこんな表現がされています。「空を飛ぶ時は赤い球体になる(!)こともあり、「生命」を自在に移植し、人間に乗り移ることも出来れば、空も飛び、手からは自在にエネルギー光線を出す・・・等目もくらむばかりのイメージで、とても「人間的」と呼べるような知的生命体ではない。」

これは放送から10年以上後の評論なのですが、言い得て妙ですよね。放送当時、ウルトラマンに対してまだまだ固定観念がなかった頃、少年雑誌に紹介された「正義の怪人」という表記や、当時発売されたソノシートにある「あっ、ウルトラマンが「シルバーヨード」(オリジナルの技と思いますが)を「吐いた」というセリフなど、まるで怪獣のようなその扱いとこの評論は、奇妙な符合を見せているのです。

ウルトラ第一世代の私にとっても、今のような「スーパーヒーロー」の位置づけがなかった頃のウルトラマンは、まさに「怪遊星人」でした。
幼い私は彼に、なぜそんな印象を持ったのでしょうか?

Photo_48 以前記事にも書いた事がありましたが、ウルトラマンの異質性を強調するのはあの「目」だと思います。
ウルトラマンの目には、いわゆる私達人間のような大きな「黒目」がないですよね。
目をアップにした時のあの独特の「カッティング」は、おそらく、ウルトラマンの企画時のデザイン「レッドマン」から来ていると思いますが、明らかに人間的ではなく、それまでの「仮面の下から人の目が覗く」ヒーローとは異質な、まばゆい光の宿るあの目が、人間と一線を画すデザイン上の大きな意匠だと思うんです。

ところであの「眼光」、実に「白い」と思いませんか?
あの目を見るたびに、人知が及ばない宇宙生命体の存在を感じさせると同時に、「悪い存在ではない」清潔感も感じさせるんですね。
闇の中にウルトラマンが立った時、漆黒を破る目の「白い輝き」と、カラータイマーの「青い輝き」を見ても、「こいつ、怪しいな」とは思わないですもん。
そこが、ウルトラマンの「異質にしてヒーロー」という相反する要素をギリギリの線で両立させていると思うんです。幼い私はきっとそのあたりを感じ取ったんでしようね。
「この人、宇宙人だけど悪い人じゃないな」なんて(笑)。

第2話「侵略者を撃て」に登場したバルタン星人。あのグリグリ動く、黄色く輝く目を思い出して下さい。「怪しさ」爆発じゃありませんか?
そのバルタン星人の円盤を発見したウルトラマンの「透視ピーム」の白い輝きは、「人間と異質」でありながら、光の国の住人が持つパワーと清潔感に溢れていました。
そこで「待て!バルタン」とか言わないウルトラマンの寡黙さも、そのカリスマ性に一役買っているとは思いますが、それはまた別のお話という事で。

ただ、そんなウルトラマンのカリスマ性を保つのも、あの39回という放送回数が限界だったのでは、と思う時があります。
制作予算上の問題で打ち切られたと伝えられますが、きっと、金城哲夫をはじめとする円谷プロ文芸部のメンバー達にも、このままウルトラマンを続けることの、「世界観の維持のむずかしさ」が分かっていたのでは、と思うからです。
既に、「人類を守ることが正義なのか」という問いかけはスタッフ間にもあっただろうし。その問いかけを噴出させたのが「ウルトラセブン」であったとすれば、「マン」の世界観とは違いますしね。

そういう意味で、正義の宇宙人をヒーローとして描けたのは、実はウルトラシリーズでは「ウルトラマン」だけじゃないかと思えるんですよ。
「ウルトラセブン」以降はどちらかというと、変な表現ですが「宇宙人の人間性」をテーマとするシリーズ構成になっていくので、「宇宙人としての異質性」が薄れていくような気がして。だから「ウルトラマン」はつくづく、孤高のシリーズだなー、という思いを強くします。

「ウルトラマン」でフジ・アキコ隊員を演じた桜井浩子さんは、ウルトラマンのデザインについてインタビューで、その目の形を「アーモンド・アイ」と表現しています。

人知を超えた、宇宙を見通す「アーモンド・アイ」。

シリーズも40周年を迎え、新作が作り続けられるウルトラマンですが、「アーモンド・アイ」はこれからも、カラータイマーと並ぶウルトラマンのシンボルとして、その輝きを放ち続けていくんでしょうね。

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コメント

「アーモンド・アイ」ですか。なるほど、そうですね。ウルトラマンのあの、闇の中で映える目は、まさしく希望の象徴ですよね。ザラガスにその目の光を消されたとき、初めて、盲目であることを意識させられ、ゼットンに倒され、目の光を失った時は、死を感じました。(ティガの時も、同じようなショックを受けました)
電飾といってしまえば、それまでですが、世界観を子どもにも、よりわかりやすいようにと当時のスタッフが取り組んだ意気込みと才能が感じられますよね。

コメントありがとうございます。記事が最近ますます濃くなっていくので、ちょっと不安だったのですが(笑)。
「ウルトラの星」の光を集めたようなあの輝く瞳には、子供達の宇宙人に対する驚異と憧れが投影されていたような気がします。
「アーモンド・アイ」については、第二次怪獣ブームの巨大ヒーローに多大な影響を与えましたよね。ところがあの目の形は、不思議な程等身大ヒーローでは見かけないんです。(トリプルファイターぐらいでしょうか)
等身大では「仮面ライダー」が与えた影響が大きいんでしょうね。
この辺りを調べてみるのもまた、楽しいかもしれませんね。

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